連載・特集

2023.8.16 みすず野

 奉公人が正月とお盆の16日に親元へ帰ることを許される。〈藪入り〉という制度は―民俗学者・宮本常一の『歳時習俗事典』によると―大正のころまであった。古典落語でもおなじみだ。嫁いだ人も実家に帰った◆かつて焼き畑が行われていた奈良の吉野では―山林を切り払い焼く作業が重労働で人手がかかるため―娘と共にむこも手伝いに来た。これをヤブイリといった。宮本が挙げる語源説はともかく、今日も年2回の帰省の待ち遠しさは変わらない。せっかくの休暇を―家で寝ていたほうが楽なのに―混雑も渋滞も承知のうえで◆与謝蕪村の詩「春風馬堤曲」は〈やぶ入や浪花を出て長柄川〉と始まり〈藪入の寝るやひとりの親の側〉で結ぶ。蕪村を〈郷愁の詩人〉と呼んだ萩原朔太郎は、歌っているのは亡き母への思慕であり、家族の団らんを求める心だと説く。この詩情もまた現代人によく分かる◆久しぶりに孫の顔を見られた、ふるさとの友と一献傾けた―という方もおられよう。もう帰途に就かなければならない。楽しかったひとときが明日への活力につながれば幸いだ。台風の影響を気に掛けながら、家路の無事を祈りたい。