2023.7.4 みすず野
大江山の鬼の親分が酒呑童子なら、安曇野の黒沢山には「黒沢小僧」が住んでいた。里人を連れ去って山男にしてしまう―祖母に聞かされた地元の民話を三郷温出身の哲学者・務台理作が書き残している◆「務台の思想の一端を紙面で紹介します!」と言って20年ほど前、郷土史家の降旗正幸さんに著作集を借りた。ところが幾たび読んでも―駆け出しに毛が生えた程度の記者には―難しくて、さっぱり分からない。約束を果たせず、本を返却にあがった時の降旗さんのがっかりした、寂しそうなお顔を今も思い出す◆務台の名だけでも紙面に載せよう。春先こしらえた借金の利息を、大みそかに払うような気持ちで書いたのが―連載の終わりが近づいた昨日付の「気ままに文学散歩」である。といっても内容は目指したところの「思想の一端」に程遠い。ちっとも成長していないじゃないか―泉下で笑っておられるだろう◆そう、降旗さんはずいぶん前に不帰の客となられたそうだ。20年たっても頭の中身は預金の利息と同じで、さほど増えない。碑に刻まれた務台のことば〈荒野にありても人間のゆく道はあるなり〉をポケットにしまう。