連載・特集

2023.7.3 みすず野

 7月と聞くと、もう夏が来たようで浮かれ気分になる。きょうは旧暦5月16日。五月雨だ。「さつき雨」が変化したのではない―と国文学者の中西進さんが教えてくれる◆うっとうしく降り続く雨は源氏物語の「雨夜の品定め」の背景になった。何かと人の心を乱れさせる雨が「さみだれ」であり、頭の「さ」はこれを神の仕業と考えた証拠だろうと。芭蕉の〈五月雨の降りのこしてや光堂〉を挙げ、大雨に壊されることなく輝きを保つ平泉の金色堂―天災と美の戦いに思いをはせる(『ことばのこころ』東京書籍)◆7月9日が巡りくる。尊い人命を奪った南木曽町・梨子沢の蛇抜けから9年たつ。木曽川の対岸から見た翌朝の光景を生涯忘れない。えぐれた護岸や宙づりの鉄路...報道陣の取材攻めと家屋の片付けで疲れ切った住民の中に、いつも笑顔で声を掛けてくれる女性がいた。忘れない。繰り返し思い出し続ける◆〈五月雨や大河を前に家二軒〉は句の舞台を優雅な建物から世俗の民家へ、うっとうしさから破壊力へと中心をかえた―中西さんはこの句に蕪村のしたり顔を見る。熱中症にも気をつけながら、蕪村の心構えでいたい。