2023.7.11 みすず野
甲子園への熱戦が始まった。投げる。打つ。捕る。走る。その姿を見ると、高校野球ファンは「夏が来たな」と思う◆『日本の名随筆』(作品社)から。作家の井上ひさしは昭和51(1976)年の開会式を甲子園のバックネット裏で見た。習志野高の主将が深紅の優勝旗を持ってグラウンドに現れた瞬間、時が止まる。脳裏に数々の劇的場面がよみがえる。止まった時は〈逆に時がたえず流れ去っていることを意識させてくれ〉た。ちょうど川の流れがせき止められて立つしぶきを見て、水の動きがはっきりと分かるように◆作家の山口瞳も一家言あった。監督か参謀をやりたい。テレビ中継の解説者、ゲストでも...いずれもだめなら甲子園の土の持ち帰りを手伝う係...何でもいいからジ~ンと感動したいのだ。挙げ句に、応援の女子生徒が振る〈ハタキのオバケみたいなもの〉を欲しがって〈女房に叱られた〉◆物思いから覚めた井上は呼び掛ける。正々堂々だろうが、こすっからくだろうが構わない。全力で時を何十回、何百回となく止めてほしい。それらの劇的場面をわれわれはやがて、この年を〈思い出すときの索引にするだろう〉