連載・特集

2023.6.9 みすず野

 随筆家の青木玉さんは幸田文の一人娘だから露伴の孫。母の思い出をつづった作品に〈田中繁雄先生〉の名が出てくる。文が再建に一役買った奈良斑鳩の法輪寺三重塔は昭和47(1972)年起工なので、その頃だろう◆上田市出身で県内各地の教壇に立った田中先生は、安曇野との縁も深い。7年前に103歳で亡くなられた。「教育文化の向上に大きな業績」を残したと、三郷明盛の曽根原孝和さんが季刊誌『安曇野文化』―同誌の題字は田中先生の筆―第22号に追悼文を寄せている◆前置きが長くなった。塔再建の勧進のために全国を駆け回っていた文は、田中先生が校長を務める豊科中学校でも講演した。〈鮭の話と菜の花の話とあります。どっちがいいですか〉と聞いたそうだ。どう話したかを玉さんは知らないが、文の気持ちは生徒たちに届き、古新聞を集めて換金することになる。交代で〈リヤカーの柄を握り後を押し〉たという◆露伴の代表作『五重塔』からつながる思いの輪が胸を打つ。松本城の近くの公園花壇で植栽作業に汗をかく姿が紙面にあった。観光客を楽しませる。丸ノ内中の生徒や地元の皆さん、ありがとう。