連載・特集

2023.6.29みすず野

 やがて山の日がやってくる。実際はその時になって山を思っても遅い。今年こそあの頂へ。誰と行こうとか、やっぱり独りだとか。考えを巡らせるのが楽しい。梅雨さなかのちょうど今頃を自分だけの"山の日"と呼びたい◆山行の思い出に浸るのも今頃だ。空木岳へ中央西線の倉本駅から歩いたのが懐かしい。北アルプスもかつて大糸線が登山口だった―とはいえ、今どき駅を降りてバスもタクシーも使わない登山があるだろうか。越百山こそ林道の奥まで車で連れて行ってもらったが、木曽支局にいたおかげで駒ケ岳へも敬神の滝から登った◆『百名山』の深田久弥が戦前に木曽山脈を縦走している。紀行集『山秀水清』を読むと、頂が目に浮かぶ。遠ざかる越百に繰り返し〈何という優しい綺麗な山だろう〉。空木では花こう岩の〈巨石が散乱〉し、木曽駒から真正面に〈御岳がゆう然と大きく裾をひろげてい〉た◆果たして山へ行かれるかしら。今の調子だと日程の確保がはなはだ心もとない。深田の"口まね"をすると―仕事運びがすこぶる遅く、貧弱なためである。かなわなくてもいい。こうして山を思うだけでも十分に楽しい。