2023.5.7みすず野
漫画の画面に「シーン」という文字が書かれていると、それは無音状態を表現している。静寂をこう表現した最初は、漫画界の巨星として、没後も輝き続ける手塚治虫だとされる。これは大発明で、「シーン」という言葉は「しんと静まりかえる」といった言葉から考えついたようだ◆音がしない様子を、言葉で表すのは難しい。作家・小川洋子さんは、近刊『からだの美』(文藝春秋)で、まず「静かにお願いします」と言われたという、大阪のチェス喫茶の静寂を描いてみせる(「棋士の中指」)◆店内に足を踏み入れると「そこに満ちる静けさは、こちらの予想を超える存在感を放っていた。圧倒的ではあるが威圧的ではなく、悠然として奥行きが深く、純度が高い。注意されなくても、ごく自然に口をつぐませる厳かさがあった」と書く。駒が盤に触れる音などもあったが、それらは静寂の邪魔をせず「むしろ逆に、その輪郭をより強固にしているようだった」と◆新聞記事を書く場所は机上だけでなく、事件や災害の現場などさまざま。周囲の騒々しさは全く気にしないでやってきた。記事の中身は別として、数少ない取りえかも。