連載・特集

2023.5.25みすず野

 中野重治の「汽車の罐焚き」という小説が、阿川弘之が編んだ鉄道文学・エッセー集『機関車・食堂車・寝台車』(新潮社)にあった。こんな本と出合えるから図書館通いはやめられない◆発車オーライ!猛然とシャベルで石炭をくべる。背中を汗が伝う。上り勾配で砂ハンドルを動かす。湯気とばい煙がまくり込んできた。トンネルに入ったのだ―OBに苦労話を伺ったことがある。「機関車にも一台一台、癖があってね」。その時は分からなかったが、今まさにボイラーの火の粉がページから飛んでくるようだった◆鉄ちゃん作家の始まりが内田百閒なら、阿川はその衣鉢を継いだ。まんぼう北杜夫と狐狸庵遠藤周作が一緒の欧州旅行で、鉄道に興味がない奇人2人をパリに残し、スペイン国境まで列車の日帰り旅をした。車窓にミレーの絵そのままの農村風景を眺め〈北と遠藤は馬鹿だなあ〉◆時刻表からナイフ&フォークのマークが消えて久しい。きょうは124年前に日本初の食堂車が走った日とか。思い出を書こうとしたのだが、〈罐焚き〉に圧倒された。そのうち「懐かしの新幹線」なんて本が編まれる日が来るかもしれない。