連載・特集

2023.5.23みすず野

 柿の村人こと島木赤彦の〈山深くわけ入るままに谷川の水きはまりて家一つあり〉を刻む歌碑が、大桑村の阿寺渓谷に立つ。赤彦は明治40(1907)年6月、木曽路を南下して三留野の近くで師の伊藤左千夫と落ち合い、この地に遊んだ◆鉄道はまだなかった。街道から〈三里ばかり奥〉へ入った〈水色碧玉〉をたたえる緑の谷で赤彦は、水浴びする真っ裸の左千夫を〈夕川の水のたぎちの石に立つ真裸人に月出でにけり〉と詠む。左千夫集第1巻は長良川で鵜飼いをうたった数日前の5首を収めるが、阿寺での歌はない◆碧玉はエメラルドグリーンと呼び名を変え、行楽期にマイカー規制が敷かれる。この大型連休中は683台が入り口の有料駐車場を利用した。村の宝である自然環境を後世へ。訪れる人たちにも、その意識を共有してもらわなければならない◆赤彦が歌友の長塚節に〈非常に愉快〉な旅の様子を、はがきで知らせている。湯守の〈老爺〉が〈酒をわかして〉くれ、おまけに麓から娘がさかなの数々を負って登ってきた!左千夫は飲み過ごして〈気息奄々〉―息も絶え絶え。庭前の谷川に〈十三日頃〉の月が映っていた。

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