連載・特集

2023.5.16みすず野

 情熱という言葉を造ったのは明治期の詩人・北村透谷だと、学生の時に教わった。それまでも「熱情」はあった。熱のこもった―といった意味の英語「インパッションド」を訳すのに、ひっくり返したのだ◆教えてくれた先生は他に、こんな持論も垂れた。二葉亭四迷のペンネームは―よく知られた〈くたばってしめえ!〉の自嘲は後付けで―落語家の三遊亭円朝から取った。二は三に及ばない。円熟とか人間が丸いとか言う「円」に対し、「四角で迷う」とへりくだった。四迷は言文一致の小説を書くため、円朝の口演を速記した◆さまざま説はあるのだろう。文学史はさておき、先入観や凝り固まった考え、一方のみの情報にとらわれないよう自戒するとき―すっぽかしてばかりだった―講義の一こまを今も思い出す。透谷の人生は26年に満たなかった。四迷も『浮雲』を書いたのはまだ20代と若かった◆透谷の詩や評論は現代人の目に言葉が難しいけれど、なるほど情熱にあふれる。もしも「自分一人の力では世の中を変えられない」と考えている若者がいたら、そんなことはないとエールを送りたい。きょうは没後129年の透谷忌。

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