2023.5.11みすず野
骨董好きだった父は時に月給の半分をはたき、焼き物や訳の分からない置物をごっそりと買ってきた。母はどう家計をやりくりしていたのか◆血は争えない。古物商の店先で足が止まる。買えない、要らないと分かっていても鉄瓶やとっくりの値札に目が行く。井伏鱒二の『珍品堂主人』を読むと、掘り出し物を入手した目利きの心躍りに共感する。テレビの鑑定番組で、これまで骨董につぎ込んだ額を問われ「家一軒は建つでしょう。女房には内緒ですが」と言う人がいるが―どうやったらそんなことができるのか教えてほしい◆松本市の中町で、三代澤本寿の型絵染を見てきた。「工芸の五月」である。展示品(売り物ではない)のテーブルクロスが欲しくてたまらなかった。八つの高山植物の絵柄が古びないどころか、今も新しい。気に入った器に酒を注ぎ、料理を盛り付けたらきっとおいしいだろう。自分だけの逸品との出合いが街歩きの楽しみだ◆幸か不幸か。現金支給だった父の時代と違い、月給が振り込まれる口座の鍵は家人の手に。家を抵当に入れることもなく、何とか身代を保っている。今後も気をつけなければならない。