東日本大震災きょう12年 福島と信州で復興の思い一つ

平成23(2011)年に発生した東日本大震災から11日で12年がたった。信州から被災地のためにできることは何か。東北に思いを寄せ、信州から福島へ、また、福島から信州へと移転した2店の店主に話を聞いた。
「人との絆を大事に、手がかかることも惜しまず店を続けたい」
松本市蟻ケ崎2にあったパン店「ひゃくにんぱん」は震災から3年半後、店主の四家百人さん(54)の地元、福島県いわき市に移転した。
震災2日後に実家を訪れた際、津波で壊滅的な被害があった沿岸部の風景に衝撃を受け、移転を考えるようになった。いわき市内では福島第1原発周辺からの避難者や復興作業員の需要で土地価格が暴騰し、新たな店作りは困難も伴った。
地元の友人や新たな縁に助けられて開いた店は現在、松本の友人から送られるリンゴやブドウを使ったパンも並びにぎわう。妻の博子さん(51)は「いわきの生活は充実している。松本からも訪れてほしい」と話す。
「震災前は何かにつけて『こうすべき』という意識にとらわれていた気がします」
いわき市の山あいにある遠野地区で300年以上の歴史を持つ旅館兼うなぎ料理店「坂本屋」を家族で営んでいた小澤睦美さん(44)は、震災の2カ月後に安曇野市に避難した。当初は一時的のつもりでいたが、28年にいわきの店を母から引き継ぐ形で、同市明科七貴に店を開いた。
震災による移住も「好きなように生きた方がいいと気づかせてくれた」と前向きに考える。老舗ののれんを守る一方、今年は松本市の浅間温泉で、女性向け宿泊施設の開店も計画する。「その時その時の巡り合わせを楽しめたら」と目を輝かせる。
震災後、いわき市小名浜で地域の情報発信に携わっている地域活動家の小松理虔さんは「被災地にゆかりのある人と接することも、大事な『復興支援』になる」と話し、被災地から離れた場所に暮らす人にも積極的な関わりを期待する。