2023.3.3 みすず野
「お訴えでございます...お願いの者にございます」―舟橋聖一の小説『花の生涯』は襲撃の瞬間をこう描く。幕末の安政7(1860)年3月3日、季節外れの雪が降っていた。江戸城桜田門外で大老の井伊直弼を乗せたかごに水戸藩浪士らが切りかかる◆直弼の政敵だった一橋派が2年後に幕政を担うと、譜代大名筆頭35万石の彦根藩井伊家は10万石を召し上げられた。鳥羽伏見の戦いで始まった戊辰戦争で彦根藩は新政府側につく。直弼の名誉を回復するための決断だと思われる(彦根城博物館ホームページ)◆同じく譜代の信州松本藩も佐幕か勤王かで揺れていた。藩論はまとまらず、ようやく勤王と決めて恭順の意思を示した時、新政府軍は中山道の本山宿まで迫っていたというから、決断が一日でも遅れて(歴史に〝もしも〟はないけれど)いたら松本の城下はどうなっていただろう―天守を仰ぐたび思う◆わだかまりを超え、滋賀県彦根市と水戸市が親善都市なのも面白い。冒頭の小説は60年前のNHK大河ドラマ第1作「花の生涯」の原作となった。今作「どうする家康」に徳川四天王の一人、井伊直政がそろそろ登場するか。