連載・特集

2023.3.17みすず野

 【白川夜船】を広辞苑で引く。見たふりをすること。〈京を見たふりをした者が、京の(地名)白川のことを問われ、川の名と思って、夜船で通ったから知らないと答えた〉◆明治20(1887)年に東京で生まれた彫刻家の石井鶴三が〈しばしば長野県人とまちがえられ〉ると書いている。若い頃から信州の山に通った。信濃教育会が夏に開く彫塑講習会での指導は半世紀に及んだ。版画や絵画、挿絵を手掛けたほか文筆もさえる。メジャーリーガー大谷翔平選手みたいなマルチプレーヤーだった◆山では〈幻影〉が見えた。〈ゆくてに流れの中で美しい真白な少女がしきりに水浴をしている〉―ふと目を森の中へ移すと〈黄色い皮膚の老爺が腕ぐみをしていてジッとその少女を見つめているでは〉ないか!そのスケッチだろう。松本市美術館が平成21(2009)年に催した展覧会の図録に、水彩画が載っていた◆名前を知らなかったわけではない。碌山美術館の企画展を記事にしたし、木曽で〈藤村先生像〉や〈木曽馬〉も見た。きょうは没後50年の命日。『石井鶴三文集』を読んで、初めて知ることの多さに驚く―白川夜船であった。