2023.3.16みすず野
山と積まれた言葉の中から「想像力」と「寛容」の二つを拾い上げ、ポケットにしまう。大切にしよう。大江健三郎さんの訃報が胸を突いた。決して望ましい、いい読者ではなかったとの自覚も伴いながら◆いつもなら著書を図書館で探すところだが、その手間は今回に限り要らなかった。新潮文庫版が自宅の棚にそろう。文庫化を待てずに単行本も買って読みあさった(ほとんど唯一の)作家だった。高校時代から壮年期にかけて―特に学生の頃は―読んでいないとは言いづらい雰囲気もあったのだけれど◆想像力―小説家の大江さんはこの言葉を、核兵器の脅威を乗り越えるために働くものとして使った。平凡で取りえのないわが身に引き寄せると、全く相いれない意見にも「どうしてそう考えるのだろう」と想像を巡らす。対立ではなく、結びつけようと努める◆それは大江さんの東大時代の恩師でフランス文学者・渡辺一夫譲りの寛容の精神ともつながるのでなかろうか。半世紀以上に及ぶ文業で積み上げられた言葉の山は高く、思索の森は深い。登ったり分け入ったりは難しくても、事あるたび上着のポケットに手を突っ込みたい。