連載・特集

2023.3.14みすず野

 気持ちが沈むと、山本周五郎に手が伸びる。舞台は紀伊藩―老病の床に就いた家老が「もう今年のミカンは食べられまい。申し残したいことがある」...これまで同様その場でも激しく叱られ、若侍は憤まんやる方ない◆松本駅からはき出される通勤・通学客は大半がマスクを着けていた。階段を下りたところで外す(上る前に着ける)人の姿も。コンビニの店員は変わらず着けている。着脱が「個人の判断に委ね」られたとはいえ、3年にも及んですっかり身に付いた習慣だ。様子見の人もおられよう。当面は手放せそうにない◆三寒四温とされる季節の変わり目だが、「温」の日が多かった。花のつぼみも膨らむ。花見の予定なら少しくらい早まっても影響が小さいけれど、果樹畑の花は遅霜にやられる心配がある。今秋もおいしいリンゴを食べたい。お堀端の桜の木を見上げ、そう願った◆家老が亡くなってから―その真意を悟った若侍は墓前にぬかずき、ミカン一枝を供えてむせび上げる。周五郎の術中にはまり、読者も涙を流す。元気が出た。ミカンが咲き始めるのは5月上旬という。そのころ街の景色はどう変わっているだろうか。