連載・特集

2023.3.11 みすず野

 「霧と雨とあたたかくなった日ざしとが、徐々に雪を溶かしてゆく。日はめっきり長くなった」と1850年代中頃、アメリカマサチューセッツ州コンコードの森の小屋で暮らしていたH・D・ソローは、アメリカ文学の古典『森の生活上下』(岩波文庫、飯田実訳)で記した◆「私は、春の最初のきざしを見つけようと注意をこらす」とも。同じように春を探すのは、いまでも変わらない。信州大学教授だった訳者の飯田さんは、解説で「動物や植物がふたたび地上によみがえる春を迎えると、生命再生の歓びが語られ、いつの日か人間精神の春と夜明けが訪れることを待望して全編が終わる」と説いた◆海辺のまちだが、12年前、福島県いわき市で暮らす人たちも同じように春の到来を心待ちにしていただろう。東日本大震災はそんな思いを一瞬で奪い去った。震災から50日ほどして見た現地の惨状を思い出す◆小名浜港近くの海岸沿いの道路に面して並ぶ飲食店やコンビニは、外観からは営業しているように見えたが、誰一人いない。津波にさらわれて中には何もない。潮風と腐臭が漂っていた。震災のほんの一部だろうが決して忘れない。