2024.12.20 みすず野
かけがいのない人を失う悲しさを、避けて通ることはできない。そうした切なさを味わい、一人、また一人と見送る日々の積み重ねが年を取るということなのかもしれない。今年、そんな思いをされた人もいるだろう◆英文学者で天文民俗学者でもあった野尻抱影(1885~1977)は、ポリネシアの人たちが死ぬ前に、思い思いの星を指さして「自分が死んだらあの星に住む」と言って息を引き取るという話を思いだしたと「霊魂の門」という短いエッセーに書いた(『野尻抱影 星は周る』平凡社)◆「そう心から信じられることは死ぬ者にも、その周囲にも幸福に違いない。また科学がどんなに進んでも、これを否定し、霊魂の門を閉めきるほどの断案は永久に下せないはずだ」と続く。昭和20(1945)年、終戦の年に書かれた。抱影60歳◆末尾を「私が死んだら行く星は、...やはりオリオンときめておこうか?」と結ぶ。最期の言葉は「私の死後の連絡先は...」であったという。同書の解説は「きっとオリオン座と言おうとしたのだろう」とある。91歳。どこに連絡しようかと思い描かせる余韻を残す。明治の人は粋だった。