2024.12.12 みすず野
商品が並ぶ店頭で交わされる買い物客の会話は、耳を傾けているわけではなくても、聞こえてくることがある。師走の中旬となるとカレンダーや日記の売り場で、何度か味わい深いやりとりを聞いた◆ドイツ文学者の池内紀さんは、常念岳登山のあと、ワサビを買おうと大きなリュックサックを駅に預け、山靴の重さを感じながら店を探す。収穫したばかりのワサビが並ぶ売り場を見つけた。大きさ、色、形などで区分され、値段が付けられている◆腕組みして、どれを選び取ろうか考え込む。「選ぶにあたって、おのずと人間性がにじみ出すらしいのだ」(『川の旅』青土社)と悩む。その時「100円を3本」の声。「お父さんがいったとたん横からお母さんが叱咤した。『ほんとに、もう、うちの人は気が小さいんだから―』」。500円3本をつかみ取ったと。25年ほど前の話◆正月飾りなどの縁起物の売り場が好きで、毎年どこかに足を運ぶ。威勢良く飛び交う言葉も楽しい。昔のお年寄りは、こうした場所で気の利いたやりとりをしていた。売り手も客も、なんだかんだ言いながら、きちんと会話を成り立たせていたのだ。粋だった。