連載・特集

2024.10.14 みすず野

 酒好きが、一番うまい酒は他人の財布で飲む酒だと、そんなせりふが語られる古典落語があったような気がする。あまりきっぷがいい酒飲みではないような。自腹で飲んでこそうまさがわかるというものだ◆これのそば版の話を、俳優の若尾文子さんが「あられもない格好で」と題したエッセーで書いている(『そばと私』文春文庫)。「お芝居の仲間が寄り集まってのムダバナシで『おそばでは何が好き?』という問い掛けに、『もり』だの『かけ』だの『天ざる』だのと、いろいろ言い分は出たのですが、たったひとり、『私は、なんといっても、一番旨いと思うのはトチリそば!』と言い放った彼女がいました」と◆トチリそばとは、舞台公演の最中に「出」を間違えたり、せりふを忘れたりして軽い失態を演じてしまった時、おわびのしるしとして楽屋一同に届ける出前のそばのことだという。もちろんごあいきょうだ◆エッセーの題名は、芝居の楽屋でお姫様の格好をした役者がざるそばらしきものを大急ぎで、でもいかにもおいしそうに「掻っ込んでいる」様子を見たことから。松本城公園などではきょうまで信州・松本そば祭り。