連載・特集

2024.4.17 みずず野

 4月中旬に、雪が降った年があった。もちろん、真冬のように何日も残るようなことはないが、それでも春がやってきたという日々に冬が忘れ物を届けに来たようで驚いた覚えがある◆堀辰雄は「春の奈良へいって、馬酔木の花ざかりを見ようとおもって、途中、木曽路をまわってきたら、おもいがけず吹雪に遭いました」(『大和路・信濃路』新潮文庫)と絵はがきに書く。汽車の窓から木曽の山に雪が降る様子が見える◆時折薄日が差す。「いま、向うの山に白い花がさいていたぞ。なんの花けえ?」「あれは辛夷の花だで」という夫婦の会話を聞く。窓の外に目をやるが見当たらない。本ばかり読んでいる妻に「辛夷の花が咲いているとさ」と話しかけると「あら、あれをごらんにならなかったの」という答えが返ってくる◆「いいわ。また、すぐ見つけてあげるわ」といわれるがみられなかった。どこかの山の辛夷を思い浮かべる。「そのまっしろい花からは、いましがたの雪が解けながら、その花の雫のようにぽたぽたと落ちているにちがいなかった」と結ぶ。今季雪の心配はなさそう。これから、どんな花々が車窓から見えるだろう。