連載・特集

2024.3.22 みすず野

 暮らしのなかでの写真撮影が、フィルムカメラからデジタルカメラになり、さらに手軽で高性能のスマートフォンへと移ってきた。大きく変わったのは、写した写真を焼いて見る機会が少なくなったことだろう◆ロシア文学研究者の奈倉有里さんは、トルストイが雪の中で孫娘と手をつないでいる写真が、新潟で米作りをしている祖父が同じように、雪の中で2歳くらいの自分の手を握っている写真にそっくりだと気付く◆ロシア留学から帰ってきたころ、その写真を祖父に見せた。「おお、じいさん(トルストイ)、孫と手をつなぐために手袋を片方外してるねえ」と、奈倉さんが気付かなかったことに気付いてしきりに感心した。いつもにこにこしていたが、トルストイの話をしたときの笑顔は特別だったという◆「米を作りつづける祖父が農業を大切にするトルストイの思想を尊敬して、まるで『遠くにいる農家仲間のじいさん』のように好いていた事実は、文学と現実のつながりというものを考えるときに、いまでも心の支えのように思える」と記す(『ことばの白地図を歩く』創元社)。写真を介した祖父と孫の絆が、深く心に残る。

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