連載・特集

2024.2.14 みすず野

 朝方、小鳥の声がにぎやかに聞こえる。家の外側の換気扇口にあるわずかな場所に止まってさえずっている。春になると、道路を挟んだ休耕田にキジがやってきて鳴いた。何年か続いたが、昨年、住宅が建ち、キジが来ることはなくなった◆「ケーン、ケーン」という声に代わって、大工仕事の音が何日も響いた。テンポのいい音が心地いい。家全体が震えるような建設工事は勘弁してほしいが、個人住宅を建てるような音は楽しい◆書家の篠田桃紅さんは「母が生きていたころ、隣の部屋の母が立てるもの音を、『いいな』、と思ったものだ。何気ない片付けものの音、着物を着かえているらしい音、よみ物の頁をめくる音、今も私の耳の底に残っている、なつかしい音である」(『日本の名随筆・音』作品社)と書く◆すっかり忘れていたが、母が包丁を使うトントンという音が、目を覚ますと聞こえていた。篠田さんは「近ごろは、生活の中で、人が立てるもの音のよさ、などというものが少なくなった」といい、畳のすり足、煮える釜の音、炭火のはねる音などを挙げる。記憶に残るこうした音を日々聞いた最後の世代かもしれない。

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