連載・特集

2023.11.20みすず野

 子どものころ、ポケットに入っていたのは、名前を知らない堅い木の実、変わった形の小石、銀玉鉄砲の玉、小さなねじ、ふりかけに付いていた「エイトマン」のシール、何かの王冠などだった。これは当時の宝物◆トム・ソーヤーはビー玉、青い瓶のかけら、短いチョーク1本、どの錠にも合わない鍵、ナイフの柄、真ちゅうのドアノブなどを持っていた(『トム・ソーヤーの冒険』新潮文庫)。大人になったトムのポケットには、何が入っていただろう◆あんなに膨らんでいたポケットが、今はほとんど何も入っていない。禁煙後は、たばことライターがなくなり、鍵とハンカチくらいだ。そうそう、スマホはある。財布は手に持つようになった。作家・丸谷才一さんは『男のポケット』(新潮文庫)で、大人のポケットに入っているのは「青いガラスびんのかけらやカンシャク玉の成長した形にほかならない」という◆さらに「まだほかに、冗談や雑学や世間話もはいってゐる」と。ここが重要なのだ。冗談はほんの少し持ち合わせがある。雑学はほぼない。世間話も乏しい。こうしたものがいつもぎっしり詰まった大人のポケットに憧れる。