連載・特集

2023.9.20 みすず野

 高校には風変わりな教師が多かった。国語の先生なのに白衣を着ていたり、細胞の構造を指し示しながらの口ごもった小声が聞き取りにくかったり。この美術教師は生徒の目にどう映っただろう◆自伝の表紙に使われた自画像は大正3(1914)年、21歳での作という。宮芳平はこの年、文展に落選した理由を聞こうと、森鴎外宅を訪ねた。なるほど「俺の絵のどこが悪いのか」と言いそうな顔つきだ。宮の作品を最も多く所蔵する安曇野市豊科近代美術館の企画展は生誕120周年の年以来10年ぶり◆赤い実がたわわに鈴なりの《りんごの木》は諏訪の風景か。この地で絵を共に描いた教え子たちから退職後、アトリエを贈られる。50歳の時に先立たれ遺影代わりにした《妻》や、その妻が好きだったというハスの絵の前に立つと、温かいものが込み上げてくる◆ドイツ文学者の池内紀さんが〈強きにへつらい、弱きをいじめる当今〉と書いていた(『なぜかいい町一泊旅行』光文社新書)。追従と悪口が飛び交う。人生そんなことばかりじゃないよ。没年77歳の好々爺然とした宮の写真がそう言って迎え、送ってくれているようだった。