連載・特集

2023.7.8 みすず野

 音楽美学者で、生前30冊近い著書があった兼常清佐(1885~1957)の随筆集『音楽と生活』(杉本秀太郎編、岩波文庫)を読む。編者は今ではほとんどその名を聞くことのない著者を「何かにつけてのぼせあがる世間の傾向にそむき、日本人である自己を外在化し、醒めた目で物事を見ようとつとめた人」と紹介する◆同書は、昭和6(1931)年から16年までに出版された4冊から選んだ作品を収める。この時期は、満州事変から国際連盟脱退、日中戦争、日独伊三国同盟、太平洋戦争の始まりまでの10年にあたる。音楽を主体にした作品は4分の1で、多くは当時の生活やこの国にかかわる内容◆4年前に亡くなったドイツ文学者・池内紀さんの新刊の書評エッセー『山の本棚』(山と渓谷社)で知った。池内さんは、随筆が書かれたのは「軍人が政治を壟断して、国がまっしぐらに孤立化へとすすみ、どの事件にも国民が喝采を叫んでいた」時代だと◆兼常は「私はナチでないドイツ語を愛し、ナチでないドイツ思想を愛し、ナチでないドイツ音楽を愛する」(「愛する」)と書いた。冷静な目と皮肉を込めた作品は古びない。