連載・特集

2023.7.5 みすず野

 郷里の福岡に「博多にわか」という伝統芸能がある。目の垂れた面を着け、1人や2人で演じる掛け合い漫才みたいな出し物で、文字で信州の人に伝わるかどうか分からないが「戸棚にあった(和菓子の)もなか知らんね」と言えば「あれは(食べてしまって)もう無か」◆広辞苑でにわかを引くと【俄】①急に変化が現れるさま。突然。即座②俄狂言の略。祭りの俄狂言が『折口信夫全集』に見える。氏子の町内を〈流し俄〉が練り歩き、所望所望と声を掛けると軒先へ入って来て〈短い口上茶番に似たものを演じて〉通った(「夏芝居」)◆塩尻市の阿禮神社で例大祭が今週末に営まれる。華麗な舞台もさることながら「俄と称する仮装行列」と記事で読むたび、この目で見たいと願うが、まだ実現していない。俄の呼び名や形態を残す祭りが他に当地のどこかにあるのか―この宿題も長年持ち越したままだ◆大阪で生まれ育った折口博士は子供のとき父親に小遣いをもらい、俄を見に行った。明治以後に新聞俄や大阪俄といわれた興行が喜劇集団を生んだ(広辞苑)という。地元の祭りから芸能史の一端を感じ取るのも興味深いだろう。