連載・特集

2023.6.6 みすず野

 きょうは中村不折の命日。明治後半から活躍し戦時中に亡くなった高遠(現・伊那市)ゆかりの洋画家で書家、書道資料の収集家でもあった。不折は少年時代の一時期、松本に住んだ。没後50年だった30年前に小紙の古川壽一主筆が「聞いたり見たり」で取り上げている◆明治10(1877)年は数えの12歳だった。貧しかった両親は不折を商人にしようと、六九町の薬種商へ奉公に出す。学校に通いたくてたまらなかったが、許されない。翌年に諏訪の呉服店へ移る。23歳で上京、門をたたいた画塾・不同舎は後に彫刻家となる荻原碌山も学ぶ◆県立歴史館で一昨年開かれた企画展の図録が手元にある。子規との運命の出会い。藤村詩集の表紙に〈不折画〉の文字が誇らしい。碌山や左千夫の墓碑銘に筆を振るい、鷗外が遺言で指名したことはよく知られる。歴史に材を取った油彩は画中の人物が動きそう◆図録に載る不折の肖像は眼光鋭く、号の〈折れず〉の気概を伝える。今も商品に使われる書を見ると―六朝風と呼ばれる書体の真価は素人に分からないが―季節ごと足を運ぶ菓子店へ入ったような、ほのぼのとした気持ちに包まれる。

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