連載・特集

2023.5.10 みすず野

 今から百年前に世界で大流行した「スペイン風邪」は―と引き合いに出される。永井荷風は2度かかった?―歴史学者の磯田道史さんが『感染症の日本史』(文春新書)で紹介している◆流行の波が2年間で3回あり、日本での死者は45万人に上った。第2波で〈筋骨軽痛〉を覚え数日寝込んだ荷風は1年余り後、40度の高熱に襲われる。遺書までしたためた。小欄も一昨年に取り上げた志賀直哉の小説「流行感冒」は、発表時期から第2波を描いたとみられる◆よく利用する公共施設のトイレで、洗った手の水滴を風で吹き飛ばす機械が復活していた。3年ぶりに使う。「5類移行」を実感したが...すぐ元通りとはいかない病院や高齢者施設のことを考えると、喜んでばかりもいられない。元の日常を取り戻すだけでなく、前へ進めて「良くなった」と言えるよう変化を暮らしに一つずつ増やしていきたい◆荷風の日記『断腸亭日乗』は―さすがに重症の病床とあって―短い記述の中にも、世相や心情を映す。「流行感冒」の〈私〉は、かっとなって怒鳴ったり〝自粛警察〟だったり。近々「コロナ文学」なんて呼び方も生まれるだろうか。