連載・特集

2023.4.8みすず野

 小紙元日号に「今年も故郷松本でゆっくり、盃を傾けたいです」と年賀状を寄せていただいたアートディレクターで作家の太田和彦さんの近著『書を置いて、街へ出よう』(晶文社)は、街歩きの達人ぶりが楽しい◆「骨董市を歩く」は旅で立ち寄る古道具屋の楽しみを記す。「骨董古美術商は敷居が高く、あくまで古道具屋。探すのはおもに酒器や皿で、文字通り埃をかぶっている二束三文だ。値段の上限は一つ二〇〇〇円までと決めているが、だいたい四~五〇〇円くらいが多い」「役目を終えて今ここに静かに埃をかぶるものを買い求めて再生させるのが好きだ」と◆何かのついでに立ち寄った店で、数百円の酒器を買うのは楽しい。いつの間にか数だけは増えたが高価なものは一つもない。酒器に引かれたのは、島根県出雲市の出西窯の器展を取材したのがきっかけだった。真っ黒なとっくりと杯は40年たった今も使っている◆太田さんは同じ出版社から同時期に『映画、幸福への招待』も刊行された。買い集めて「再生」させた器に、気に入った地酒を注ぎながら、この2冊のページをゆっくり繰るのは春の宵の無上の楽しみだ。