2024.10.21みすず野
俳優の小沢昭一さんは晩年、好きな煎餅をしけないように専用の缶に入れ、夜中に一人、ぱりぽり食べるのが何よりの楽しみだと、どこかに書かれていた。小沢さんは下戸だった◆「人間というのは妙なもので、作り手の顔を知っていたり、あるいはどのような工程で作られるのかを知っているものを好む」と、デザイナーで評論家の松山猛さんは「煎餅について」と題したエッセーでいう(『日本の名随筆54菓』作品社)◆最近の煎餅事情については「噛みごたえもなく、風味もない、そんな煎餅が多くなってきて寂しい」と嘆く。加えて「煎餅ごときに、奇妙な名前をつけたりするあの神経がいやだ。流通の事情だかなんだか知らないけれど、プラスチック袋詰めの煎餅を見ると哀しくさえなる」と◆おいしい煎餅を探そうと、埼玉県草加市の煎餅店を訪ねる。早朝からの大変な作業を経て焼き上がった煎餅は1枚40円、60円では申し訳ないような「食べる芸術品」だと。40年ほど前に書かれた。酒飲みでも煎餅は格別にうまい。焼くところが見られる店で買うのは何よりの楽しみ。しょう油の風味だけでなく、やかましい音が味の内かも。