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2024.4.8 みすず野

 イワシを本当に味わうには、鮮度の良いときに塩をしておき、5時間以上すぎると塩まわりが十分よくなるので、それを塩焼きにするにかぎると、茶懐石料理・辻留2代目の辻嘉一は『味覚三昧』(中公文庫)でいう◆平安朝のころは貴人の食膳にはのぼらなかったが「ひそかにイワシの旨さを知り、好んで食べていた人もあったという有名な逸話があります」と紹介するのは紫式部。食通だったらしく、こっそり食べていたが、不意に帰宅した夫に見つかり、こんな下品なものを食べるとはと叱られる◆式部は「日のもとにはやらせ給ふ石清水まいらぬ人はあらじとぞ思ふ」と歌を詠んでやり返す。「日本人なら石清水八幡宮に詣でない人はいないように、イワシを食べない人もいない」という意味。旨さを教えられ「夫も不明を恥じたという伝説が残っております」と語る◆室町時代の女官はイワシを「むらさき」と隠語で呼んだ。アユにも勝るおいしさであり、アユを「染色のアイ色にたとえ、アイ色より濃い、ムラサキという意味だと伝えられる」そうだ。まねして居酒屋で「むらさき一つ」と頼むと、多分、店員がしょうゆを指さす。

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