連載・特集

2023.11.24みすず野

 冬の漬物のお菜漬けは、一家総出で取りかかったほどの大仕事だったと、松本市新村出身で、諏訪市郊外の霧ケ峰にヒュッテを創設した手塚宗求さんは『山里の食物譜』(恒文社)でいう。漬け込む時期は今月末ころまでとするが、昨今は12月に入ってからが多いようだ◆昭和30(1955)年以前、松本市の浅間温泉近くを流れる女鳥羽川の両岸に、お菜洗いをする人たちが連なった。「荷車やリヤカーに積んで来たお菜を川原に下ろして、何百人の人たちが一斉に洗っていた」。今でも時々思い出す光景だったと◆ある年の12月、現在の安曇野市三郷小倉に行ったとき、短い葬列に出合う。一人住まいの老いた男の葬式だった。近くの小川で一人分のお菜を山からの冷たい水で洗っていて、前のめりに倒れ、流れの中で息絶えた。「男の飼い犬が幾日も啼いた。そして近所の人がようやく男を見つけたのだった」◆35本のエッセーは切ない話ばかりではない。黒部渓谷の山小屋に泊まった夜、独り暮らしの老人が、独酌を傾けながら出してくれたイワナの塩辛や山菜。穂高のいとこたちとの魚捕り。古里の豊かな味の一つ一つを教えてくれる。