連載・特集

2023.10.26 みすず野

 総理大臣を4度務めた明治の元勲・伊藤博文は「清廉の人であった。金銭に淡泊であった。趣味として最も読書を好んだ」と、歴史学者で書誌学者でもあった森銑三は、その著書『偉人暦 下』(中公文庫)でいう。「その卓越した識見の一半は、これを読書の中から」得たと◆作家の池波正太郎は、伊藤が総理大臣在職中、馬車に乗って有名な西洋料理店へ昼食を食べに来た様子を『そうざい料理帖巻二』(平凡社ライブラリー)で語る。馬の世話をしている下男の寅吉を同じテーブルに招く◆伊藤の好色ぶりは広く知られていたから、客は「助平大臣が来た」などときこえよがしにささやき始める。伊藤は動ぜず二人で楽しげに食事をしている。下男と総理大臣。池波は「明治の感覚として、これは異常な情景といわねばならない」と。食事後、紙幣を寅吉に渡し「寅や。釣りはいらんぞ」といい、出て行く。他の客たちはうっとりと見送っていた◆伊藤は明治42(1909)年のきょう、現在の中国・ハルビン市で暗殺され、遺体は日本に送られた。歌人・与謝野鉄幹はこう歌った。「いくさぶね君が柩を載せ帰る東京湾の秋の日の色」

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