連載・特集

2023.7.25 みすず野

 〈心あてにそれかとぞ見る白露のひかりそへたる夕顔の花〉―あるいは源氏の君ではないかしら。白露にぬれて美しく光を増した夕顔の花のようなお顔は―こんな和歌を女性にもらったら、光源氏でなくともコロッと参ってしまう。瀬戸内寂聴訳で読んだ◆安曇野薪能は合併前、明科町の晩夏を彩る―が枕ことばだった。ここ7年は会場の都合やコロナ禍で屋内開催・中止となったが、第32回とうたう今年(8月19日)は明科の犀川べりに舞台が設けられる。かがり火に浮かぶ幽玄の美―といった文言も戻ってこよう◆20年前の名刺ファイルを繰る。主宰の青木道喜師は「安宅」の弁慶を演じ「明科の自然の中で舞い、伸び伸びと空を飛んでいるような気持ち」と語った。「自由闊達で力強い」能の境地を目指すとし「一年一年あがき、体を鍛え、視野も広げる」―柔和な笑顔のなか、道を究める厳しさが印象深い。父・祥二郎師のふるさとに能楽文化を根付かせた◆今回シテを務める演目は「半蔀」。粗筋をこれまた、にわか勉強で―夕顔の霊が源氏への思慕の情に浸って舞う。涼風が立ち始めた安曇野で夢幻の世界へいざなわれるだろう。