連載・特集

2023.6.24みすず野

 作家の坂口安吾は、「安吾服」を考案、着用していた。作家仲間の檀一雄が、「安吾・川中島決戦録」という文章で記していると、佐伯一麦さんのエッセー集『Nさんの机で』(田畑書店)で知った。「西洋大工風の作業着の腹のあたりに、日本大工風のドンブリと称するデッカイポケットを一つつけただけのもの」で、これを着た安吾は巨大なカンガルーに見えたとか◆今年松本平のあちこちで行われている御柱祭で、柱周囲の担当者が着ている腹掛けを想像すればいい。ドンブリが付いている。確かにいろいろ入れられて便利ではある。ただ、着るとわかるが、かさばるものは不向きだ◆仕事が終わって飲みに出かけるとき、先輩の教えでカメラだけは持った。むき出しはまずいので、バッグで持ち込む。面倒だと思いながら必ず携えた。今はスマホのカメラ機能が優秀なので、この服を着るならドンブリに入れていけばいい◆でも安吾服、長続きはしなかったらしい。ポケットが一つだと、原稿料のありかも1カ所なので、夫人に「完全に召し上げられてしまう」という理由。「やはり人間の長い知恵にはかないませんや」と話したそうだ。