政治・経済

南・西外堀の土地賃貸会社も移転 旧藩士で構成する松本斉産土地 社屋解体へ

 松本城のお堀を埋め立てた土地の賃貸業を長年営んできた会社がある。旧松本藩士の授産のため設立された「松本斉産土地」で、松本市が用地取得を進める南・西外堀復元エリアの民地(9283平方メートル)も全て所有していた。取得が最終段階にきたとして昨年12月に代替地へ移転し、お城のお膝元にあり続けた社屋は近く解体される。

 社屋は、周辺の建物が撤去された松本城交差点近くにぽつんと残っている。内堀の埋橋付近から昭和34(1959)年に移転した地上3階建ての小さなビルで、解体作業は23日に始まる。更地になると、大名町通りからの景色が開けそうだ。
 会社の設立は明治13(1880)年。藩制の解体で無産の士族が続出したため、払い下げを受けた城の堀でコイを養殖して生計を立てようと旧藩士約1000人が出資した。しかし不慣れなため管理が行き届かず、長くは続かなかった。
 その後不動産業にかじを切り、明治~大正に総堀や外堀を徐々に埋め立てた。お城周辺は需要があり、南・西外堀エリアは主に住宅街となった。「会社が140年以上続いたのは、先人たちは先見の明があったということ」と外山剛社長(88)=開智2=は振り返る。
 昭和50年代に方針決定された外堀復元は、10年前に用地取得に着手。同社は地権者として「観光地や市民の憩いの場として生かされるなら」とまちづくりに協力した。来年度には、住民など約60の借地権者との用地取得契約が完了する見込みだ。水をたたえた堀がいつ完成するかは未定だが、外山社長は「絵になる景観。観光客が何度も訪れ、市民も散歩するような場所になってほしい」と願っている。