連載・特集

2023.2.24 みすず野

 何十年ぶりかで読み返しても、やっぱり面白い。『どくとるマンボウ航海記』の増補新版(中公文庫)が出た。旧版にはなかった航海中の写真が収められ、その下に松本市の「旧制高等学校記念館所蔵」とある。何だか誇らしい◆昭和34(1959)年に書かれた。みずみずしさは少しも古びない。若い人に読ませたら流行作家の新作だと思うのではなかろうか―〈ソ連船〉や阪神〈タイガースが田宮を手離した〉といった箇所を除けば。北杜夫ファンの同僚が「くだけた書きぶりなのに品がある」と言った◆もしもこの本を中学校の図書室で手に取らなかったら、今ここにいない。断言できる。後に『青春記』を読むきっかけとなり、受験雑誌に載っていた木造校舎の写真を見つけ、東へ向かう寝台列車に乗って...。新版には、編集者の時に航海記を世へ送り出した紀行作家・宮脇俊三さんのエッセーも加わった。人と人、本との出合いが人を動かす◆だから南木曽町で地域おこし協力隊の女性が、町内の交流施設に本棚を設けた気持ちもよく分かる。「人生を変えた一冊」と言っても周りの誰も関心を寄せてくれないので、ここに書いた。