連載・特集

2024.10.17 みすず野

 ほんの少し懐が温かくなると、迷わず書店に足が向く。今月の新刊と、この間手元不如意で買えなかったあれとあれ。手に入れた本は手元にある限り、後々にさまざまな記憶を呼び覚ます道具ともなる◆日頃は忘れていたのに、ページを繰って目に入る文章や単語、あるいは挿絵が、記憶の中に収まっていたあれこれを呼んでくる。55歳で俳優を引退した高峰秀子さんは、映画監督で脚本家の松山善三さんとの小さな暮らしを選んだ。台所で腕を振るい部屋には実質的なもののみ置いた◆「かあちゃんは、結婚して、皿や茶碗を一つたりとも割ったことがないんだよ」という松山さんの言葉が『高峰秀子暮しの流儀完全版』(ちくま文庫)にある。一つ一つ吟味して買い求めたと思われる食器や装身具、文具などが紹介されている◆どこの家でもそうした物は、そこに暮らす人たちの思いがしみこんだ大切な品々。「物への執着は捨てて、物にまつわる思い出だけを胸の底に積み重ねておくことにしよう。思い出は、何時でも何処でも取り出して懐かしむことができるし、泥棒に持っていかれる心配もない...」。「小さな暮らし」を彩る胸の内だ。