連載・特集

2024.3.4 みすず野

 職場の机には20冊ほどの辞書が並んでいる。毎日使う1冊がある一方、めったに本立てから抜き出さないものもある。国語辞典の類いが最も多いが、王朝文化辞典や辞書から消えた言葉をまとめた辞典、英和辞典、人名事典などの背表紙もみえる◆勝海舟はオランダ語の辞書を書き写した。『古書散歩 文明開化の跡をたどって』(惣郷正明著、朝日イブニングニュース社)によると、この辞書は家が2軒も建つくらいの値段。到底買うことはできず、1年10両で借り、写す紙にも不自由しながら、10万語の辞書を2冊書きつづった。25歳の時だった◆「その一冊は三十両で買い手がつき、これは海舟の一年分の給料に当たり、労は報いられた」。辞書を写す間にオランダ語の知識が身に付き「後の大成に結びついた」という。活字がなかった時代。堅い木を用いて版木を彫っても「数百部が関の山」だったそうだ◆何冊もの辞書を1台に収める電子辞書もあるが、文字が印刷された紙をとじてある辞書のページを繰るという行為が楽しい。ただ、このごろ同じ言葉を何回も辞書で引く。その度に気付くが、その度に意味を忘れてしまっている。

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