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「世界でたった一本」作り続けて 萬年筆の山田、閉店へ

全国でも珍しい手作り万年筆職人の久保田さん。真心込めて製作し続けた

 松本市中町通りにあり、手作り万年筆の専門店として知られる「萬年筆の山田」が今月末、閉店する。先代から店を受け継いだ店主・久保田ひろよしさん(84)=松本市平田東=が長年、注文品を真心込めて手作りし、県内外の多くの愛好家が愛用してきた。80歳を過ぎ、体の負担が大きくなったことから、約80年の店の歴史に幕を下ろす。

 店は昭和10年代の創業。旧明科町出身の久保田さんは高校時代にアルバイトとして働き、大手メーカーに勤めた後、20歳で同店に就職。30代で引き継いで販売と修理を続けた。
 昭和50年代にボールペンが主流になると売り上げも愛好者も激減し、苦境に立たされた。手先が器用でものづくりが好きな久保田さんは、独学で身に付けた螺鈿や蒔絵などの技法でアクセサリーを製作、販売してなんとか経営を継続した。
 平成8(1996)年、松本にスケッチに訪れた万年筆画家・古山浩一さんとの出会いを機に、オリジナルの万年筆を作り始めた。本体をろくろで削り出し、螺鈿や金銀象嵌などの美しい装飾を施したオーダーメードの製品に、全国から注文が集まるようになった。
 希望に応じて花や動物、風景などの図案を起こし「注文されて作れないものはなかったよ」と言う。手元に残した数々のスケッチを眺めると思い出がよみがえるといい、「世界で一本」の万年筆を約500~600本は手掛けた。
 今月、世話になった人たちに閉店のあいさつ状を郵送すると電話や手紙が返ってきた。閉店を惜しむ声とともに、「長い間ご苦労さまでした」と万年筆で丁寧にしたためた言葉が並ぶ手紙もあった。
 店を継いで約50年。久保田さんは「手作り万年筆を通じて多くの方と出会えたことはかけがえのない思い出。皆さんの支えで店を続けられた」と感謝し「大切な言葉はぜひ文字に書いて伝えてもらえたらうれしい」と笑顔を見せた。