連載・特集

2024.2.8 みすず野

 塩尻市北小野出身で、筑摩書房創業者・古田晁の一族の墓地にあった樹齢500年ほどの松が昭和36(1961)年の台風で倒れ、それを材料に、民芸研究家で松本民芸家具会長などを務めた池田三四郎さんが、和机をいくつか作ったという話を『池田三四郎随筆論文集』(沖積舎)で知った◆古田は家を新築したおり、いろいろな文芸家からお祝いをもらったお返しに机を贈ろうと考えた。古田が逝去する1年前の昭和47年に来訪を受けた池田さんは松本で初めて会う。松本中学(松本深志高)の「先輩後輩の関係もあり、また松の机のいきさつもあるので、心おきなく話し合うことが出来た」という◆別れ際、最後に古田は「君の仕事はよく判ったが、生臭いことはやるなよ」と言った。「ぶっきら棒に言い捨てたような彼の言葉は、実は彼の一生の風格を支えた精神であったことが、後からしみじみと考えられる」と振り返っている◆「松の木の机―古田晁を偲んで―」と題したこの文章は「古田晁の長逝について、どうしてもその霊を慰める一文を記したい気持ちをおさえることが出来なくなったのである」という思いで書かれている。