連載・特集

2023.10.09 みすず野

 『定本信州百峠』(1994年発行、郷土出版社)は王滝村の鞍掛・白巣・真弓の三つの峠をまとめて項立てしている。木曽と岐阜県の下呂や加子母とを結ぶ。白巣峠までは車で行かれるが、あと二つへは林道の入り口にゲートがある◆歩いて滝越から三浦ダムまで行ったのだが、その先の鞍掛峠は遠い。断念した。それでも諦めきれず岐阜側から白草山という山に登り、御嶽山を三岳や開田とは逆側から望んで峠へと下った。『百峠』によると、明治40(1907)年に柳田國男が越えたのはこの峠と思われる◆まだ星が瞬く氷ケ瀬のゲートをまたぎ、徒歩で真弓峠を目指したのは噴火の2カ月後だった。人跡未踏(ではないのだが)の国有林野で一筋の水面をきらきらと輝かせる、うぐい川の眺めを忘れない。山中で森林管理署の職員に誰何された。使命感にあふれた若者らしい表情も懐かしく思い出す。峠のそばの高樽山から見えた噴煙の悲しさとともに◆当時はスマホもなかった。紙面に載せた以外の写真は残っていない。文字通り心のフィルムに焼き付き、余計に印象深いのだろう。スポーツの日にかこつけて峠の思い出を書いた。