連載・特集

2024.2.9 みすず野

 生涯で500匹もの猫を飼ったという作家の大佛次郎は、画家の木村荘八のお通夜に出かけようとして、妻から紙包みを渡される。お通夜の混雑で、猫が忘れられているだろうから「猫にお見舞いです」と、タタミイワシと夕方焼いたアジを託される◆生前、顔を合わせると猫の数の話になり「十四匹ですよ」「それは、内より一匹多い」。「おたがい様、もう六十歳を越しているのだから、たいそう、おとな気ある会話であった」と振り返る◆明治以降、平成までの約100年間に書かれた33人の作家の猫をめぐるエッセーのアンソロジー『猫と』(河出文庫)に収められた「お通夜の猫」だ。猫をめぐる本は、次々に出版されているが、夏目漱石から始まるこの文庫は猫の魅力をたっぷり伝えている◆能登半島地震で自宅が被害に遭った人が家に戻ってみたら、飼っている猫が家の中へ餌を食べに来た形跡があった。「生きていたんだ」と喜ぶ書き込みを、X(旧ツイッター)で読んだ。ともに暮らしてきた人たちにとって、猫は家族だ。猫に避難所はない。寒さが厳しい冬をなんとか乗り越えて春まで生き延びてほしいとそっと願う。