連載・特集

2023.12.6みすず野

 詩人の長田弘さんが飼っていた変わった嗜好の猫は、いかにも猫らしい食べ物にはそっぽをむき、与えるキャットフードだと機嫌が悪かった。いろいろな魚もまずそうに食べ散らかして、一年一年が過ぎていった◆ある秋の昼、長田さんがそばを食べていると、それを奪おうとして、なでるように右前脚で鼻をなぐった。猫が長年求めていたのがそばの味だったとわかって、猫の前に置くが口をつけない。つゆを付けて皿に戻すと「年老いた猫らしい猫は、初めて大きく頷いたようだった」(『幼年の色、人生の色』みすず書房)◆この猫は「最後の五年間、つゆをいっぱいつけた蕎麦を毎日するすると啜って、老いてなお誇り高く生きて、その後にほぼ二十年の長い生涯を終えた。江戸の猫の気っぷを遺伝子のどこかに持っていたらしい」と記す◆夏が始まるころ、20年間一緒に暮らした猫が死んだ。目がほとんど見えなくなり、歩くのも大変そうになって静かに息を引き取った。火葬にした骨は細く、小さくて、胸が詰まった。その喪失感は大きかった。こうした文章を読むだけで、猫がそばにいたころと同じぬくもりが伝わってくる。

連載・特集

もっと見る