連載・特集

2023.3.21 みすず野

 串田孫一も御嶽山へ開田から登ったのかと、うれしくなる。『ひとり旅』(日本交通公社)を図書館で借りてきた。北海道のノシャップ岬から鹿児島の牛ノ浜まで―山の思索家・詩人が鉛筆を走らせた画帳だ。2週間後に返さなければならないのが惜しい◆〈舗装のない凸凹道を走るバス〉の振動は、今はもう味わえない。汽車の窓からの景色を〈まるで射止めるように〉写生した。鴎外の旧宅や墓よりも津和野の町を囲む山々の姿が〈おもしろ〉かったと書き、萩では松下村塾も〈失礼する〉―ああ、ひとり旅に出たい◆父子で進んだ道こそ違うけれど、きっと旅人の心を受け継いでおられよう。〈幾度訪れたか、滞在した日数をかぞえることは出来ない〉上高地を誇る松本の地で、文化の振興を担われたのも何かの縁ではあるまいか。芸術館の総監督・串田和美さんが退任する◆演劇・音楽・歌舞伎・大道芸...を劇場の中にとどまらず街なかへ広めようとされた。旅人が20年にわたって耕し、培った土壌が市民の手に託される。「市民のものだから」という言葉がずしりと響く。お父様のことを伺ってみたかったが、その機会はなかった。