連載・特集

2023.2.9 みすず野

 熊本の天草でシロウオ漁が始まった。素魚と書く。産卵のための遡上を河口で待ち構え、網ですくい取る。踊り食いで知られる。毎年このニュースを見ると、食べたこともないのに「春だなぁ」と思う◆名は似ていても別の魚のシラウオ(白魚)のほうがおなじみだろう。かつては隅田川も漁場だった。永井荷風は東京名物の筆頭に―火事やけんかを差し置いて―挙げているし、ネットを繰れば豆腐や卵とじの鍋料理から春が匂い立つ。ご存じ白浪五人男の口上は〈月もおぼろに白魚の、かがりもかすむ春の空〉◆日本は奈良時代、海の向こう唐の市場もにぎわしたらしい。詩聖杜甫が〈白小〉と題した五律で、銀の花や雪の塊に例えている。口語訳だと堪能しない漢詩好きのために書き下すと〈肆に入れば銀花乱れ、箱を傾くれば雪片虚し〉―資源保護の観点から取り尽くしてしまうのは道理としてどうか、と結ぶ◆紙面をロウバイの黄花が彩った。春と聞けば気ばかりせかされ―白魚の話題はちょっと早いとも思ったけれど―縁のない高級魚を持ち出した次第。当地に春を告げる穂高神社の奉射祭はまだ1カ月以上も先の3月17日である。