連載・特集

2023.2.15みすず野

 『太陽のない街』のプロレタリア作家・徳永直(1899~1958)の「こんにゃく売り」をネットの青空文庫で読んだ。42歳の作者が貧しかった子供時分の思い出を幼い読者に向けて語り掛ける◆てんびん棒を肩にめり込ませ、わずかな日銭を稼ぐため〈こんにゃはァ〉と売り歩く。同級生に見られるのが恥ずかしくて、初めは声も出ない。あるとき〈お邸〉の勝手口で大きな犬にほえ立てられて尻もちをつき、菜園のナスの枝を折ってしまう。出てきた〈奥さん〉は〈折角旦那様が丹精なすってるのに〉となじる◆いやいや、ナスなんかよりも先に、けがの有無を心配すべきじゃないか―と義憤に駆られた。話の主題はこの後に描かれる友情や、働くことの尊さにあって、そこはツッコミどころではないのだが。時代も違う。裕福な奥さんから見たら、こんにゃく屋の子供など一顧にも値しない存在なのかもしれない◆こうも思った。自分も自分の立場しか考えず、感情にまかせて心ない言葉を投げ付けていないか。直少年の身の上に思いを寄せられるだろうか。きょう2月15日は徳永の命日。初期作品にちなんで孟宗忌と呼ぶそうだ。