連載・特集

2023.12.25みすず野

 近頃、最も驚いたのは、英文学者、文芸評論家の吉田健一が、週に1日しか酒を飲まなかったと知ったことだ。『酒談義』『汽車旅の酒』などの著書がある大酒家なのに、飲むのは木曜日だけだったという。これは丸谷才一さんのコラム集『軽いつづら』(新潮社)で知った◆「ああいふ規律を自分に課すことができるなんて、どんなにきびしい人だったか、よくわかる」と丸谷さんはいう。そして、酒豪である以上に「休肝の大家だったわけですね」と感心する◆丸谷さん自身は、週に2日飲まないと決めた。でも、きょうは飲まないと決めた日も、空冷便でカニが届き、京都からマツタケが送られ、若狭から一夜干しのカレイが配達されれば、遠方の友の好意に報いなければならないと、飲むことになる。だから時々、週に1日になってしまうと◆そして、著書でもわかるように、吉田さん宅には各地からうまいものがよく送られてきた。そういう場合、酒なしというわけにはいかず「今夜は特別、といふことにしたのではないか」と推測する。夕べはクリスマスイブで、今夜は特別、と飲み過ぎた人も、偉大な文人と同様なのでご安心を。