連載・特集

2024.3.29 みすず野

 天文研究家の野尻抱影は、週刊誌の「掲示板」を使い探し物をしないかといわれる。全くあてにせず、「持ち去られた人へ」と呼びかけ、戦前、プラネタリウムの展示室に展示して盗まれた江戸時代の天文図書を、進呈するので、一部を写して送ってほしいと書いた◆掲載後2、3日してはがきが届く。10代の娘らしい字で、その本は家にあり叔父が盗んだものですぐお返しする、「二十年の刑をうけて、今服役中ですが、前非を悔いて、もう善人になっていますから、どうぞ許してやって下さい」とあった(『星三百六十五夜 春・夏』中央公論新社)◆著者は茫然とする。そして感動。すぐ返事を書く。「あなたは、どうも早のみこみをしておいでのようです。叔父さんは、きっと古本屋で求められたものと思います。本はそのまま保存してお上げなさい。ハガキは火中しました」と◆読者が茫然とする。O・ヘンリーの短編小説のようだ。初版は昭和30(1955)年と解説にあるから、70年近く前のことだ。実情を訴えた娘の素直な心。それに応えた著者の思い。年度末の落ち着かない日に見つけた「星盗人」という心がほっと温まる話。